1.はじめに

平成8年日本赤十字社山梨県支部と山梨県二輪車安全普及協会が中心になって発足した特殊奉仕団です。
結成前に発生した阪神淡路大震災において、物資の輸送、情報の収集や伝達などにバイクが大きな役割をはたしました。
被災時に確実な交通手段としてその有用性が再認識され、バイクの優れた特性を生かし今後いつ起きるとも知れない災害に対して効果的に救援活動ができる体制が必要と考え結成に至りました。
その後、毎年9月1日に行われる甲府市総合防災訓練に参加すると共に、日赤山梨県支部の無線奉仕団と合同による無線交信と走行訓練を兼ねて県下の主要病院への医薬品や血液の搬送訓練を実施しているところです。
実践経験は、中越大震災の派遣に続き2度目の要請となりました。
今回の要請は5月末まで気仙沼ボランティアセンターで、避難所で活動しているボランティアの方々の健康管理と二一ズ調査を行うこととなりました。
派遣更請された日が5月11目で隊員を派遣したのが13日、この間に募集をかけて、8人4班(1チーム2人)の編成ができました。
各班は、西谷委員長宅に集合し、委員長から今回の任務は「無事に帰ることが任務である」ことを伝え700キロ先の気仙沼に向けて出発しました。

2.派遣の経緯

日本赤十字社より派遣要請がありました

平成23年5月11日に日本赤十字社山梨県支部より以下の内容で派遣要請がFAXでありました。

  1. 活動場所 宮城県支部 気仙沼ボランティアセンター(宮城県気仙沼市所澤110番号3号)
  2. 活動内容 避難所等のニーズ調査
  3. 派遣要件
    (1)衣食住を自前で確保できること
    (2)ボランティア保険への加入を必須とします
  4. その他  派遣できる場合は、別紙により支部あて連絡をお願いします

メンバーを募り、派遣体制を整えました

5月11日(水)

 

12:01~

 

日赤山梨県支部からの派遣要請について、西谷委員長に連絡し、要請に応えることができるかどうかを検討。
委員長宅に出向き要請文の内容について、検討する。隊員に要請に応えてもらえるかどうかの聞き取りをする。
救援バイク隊員募集協力店に対し内容を伝えて隊員派遣について依頼する。
13:20~ 現地までのルートの検討①首都高速を通過するルート②圏央道→関越→北関東自動車道のルートに絞る
現地(気仙沼)の状況について、日赤山梨県支部から惰報収集
5月12日(木) 終日 救援バイク隊名簿から隊員あてに電話をする。
日赤山梨県支部に出向き派遣要請に応えるべく準備していることを伝える。
日赤山梨県支部から高速道路通行許可書の準備をしている旨の話がある。
徐々に隊員から申し出があり、7名の隊員の確保ができる。2名1チームの編成となるので、1名不足する。
5月13日(金) 終日 西谷委員長が各隊員の派遣日程を調整し、ほぽ31日までのチーム編成ができる。
第2班については、近藤隊員1名のため引き続き隊員に聞き取り調査をする
第1班(藤田隊員・鈴木東隊員)を13日20:30に委員長宅に集合し、諸注意事項を伝達後、気仙沼に向け出発

3.派遣レポート(ダイジェスト)

5/14

午前11時より活動開始。

まず地域の事情に詳しくないのでボランティアセンター(以下VC)を起点にして担当地域を一周できる環状道路(どの地域に行っても帰れるため)を設定及ぴ試走をした後、被害地2軒の一般ボランティアの安全・衛生管理活動の任に就く。
被災地は損傷の具合が極端で与えられた地図では認識・把握出来ない事が多々有、見極めが(次のチェックポイントヘ移動するか探し続けるか?)ポイントになる。
遅めの昼食を気仙沼駅付近の食堂で済ませ、気仙沼VCに帰還する。

午後2時に残りの3軒のチェック活動に就く。やはり渡された地図と住所では確認が難しく時間を要す。また気仙沼VSから発令された場所しか判らない為に他の一般ボランティアと管理すべく団体との認識が難航し一日が終わる。
行動としては単純労働なのだが早朝入りの為、かなり疲れる。

5/15

10時より活動に入る、午前中5軒のチェック要請が有ったが、初日に作った環状路の為にスムーズに活動できるが見極めに時問を要すも無事に全件チェック完了。
VC近くにあるスーパーにて弁当を購入しVCにて昼食。
午後は3件の要請が入り任に付くも他国のボランティアチームなども居り、英語の重要性を再認識するも単語でのコミュニケーションで乗り切る。
尚、VCから渡される住宅地図は細かすぎて全容の把握が難しい。
そして意外と使いやすく全容が把握できる地図として気仙沼市が発行する観光地図が良かった。

5/16

午前8時よりVCのミーティングに参加して本日のマッチング及び工程表の伝達を受け10時より地元ボランティアスタッフ(ナビゲーター)と車とバイクにて活動に入る。
3件目の現場で今回初となるケガ人の搬送を経験する。
幸いにも軽症の為、VC搬送のみで終わり先の工程場所に進み午前中の作業を終える。
午後1時半より活動に入る、今回初めての気仙沼最深部のリアルに残骸が残る場所に行き着く。
時間によって冠水部が生じる場所が在ったが、幸いにも満潮時の約2時問前にVCへの帰路に着き事無きを得る。
本日の活動件数午前5件、午後3件。

5/17

  1. 現地着は4:00ごろ、先発の藤田さん・Yさんと合流。田柄公会堂で仮眠を取り6:00起床。
  2. 先発隊の藤田さんより引継ぎを受ける。
  3. 8:00にボランティアセンターヘ移動
  4. ボランティアの活動開始は10:00のため、それまでの時間は藤田さんの先導で気仙沼市内を
    移動、説明を受ける。
  5. 9:30ごろよりポランティアが幾つかのチームに分かれて市内に配置、移動を始める
  6. 日赤の方の案内で市内に配置されたボランティアを巡回(藤田・猪股・近藤)
  7. 巡回先は南郷地域の4箇所ほど、巡回方法や柱意事項を説明確認。
  8. 11:00に1回目の巡回は終了し、お昼までボランティアセンターで待機
  9. 12:00~13:00昼休み
  10. 13:00ごろ、藤田さんはボランティア活動を終了し、山梨へ出発。
  11. 日赤宮城県支部・新潟県支部の方々と合流。
  12. 13:30ごろより2回目の巡回に出発(日赤のIさん・Yさん・猪股・近藤)
  13. 巡回先は南郷地域の2箇所ほど、全壊した本浜町方面を巡回し、15:00ごろ
    ボランティアセンターヘ戻る。
  14. 17:00まで待機し、片付け、本日の作業終了。
  15. 18:30より田柄公会堂でタ食・反省会(日赤ボランティアのCさん来訪)
  16. 21:00~各自就寝

5/18

  1. 4:30 起床>朝食>ボランティアセンターヘ移動
  2. 7:20 ボランティアセンター着>待機
  3. 9:00 一般ボランティアがボランティアセンターに集合しミーティングと配置指示
  4. 9:30~10:00 巡回場所の確認と地図の用意。
    本日は巡回場所が午前中で12箇所あるため2チームに分けて行動巡回場所を5箇所ずつに
    分けて巡回する。
    Aチーム車両1台(3名)バイク1台(猪股さん)
    Bチーム車両1台(3名)バイク1台(近藤)
  5. 10:00~12:00 巡回場所を5箇所ずつに分けて巡回
    釘の踏み抜きによる負傷が1件発生した。長靴に鉄板を入れていない参加者がいる。
  6. 12:00~13:00 休憩
  7. 13:00~13:30 午後に回る巡回場所の確認と地図の用意
    午後に回る場所は9箇所追加されて、合計20箇所になった
    午前中に回れなかった場所が一箇所あったため、残り10箇所を巡回する。
  8. 13:30~15:30 巡回
  9. 16:30まで待機し、片付け、本日の作業終了。
  10. 17:30より田柄公会堂で夕食・反省会(日赤ボランティアのCさん来訪)
  11. 以降、入浴や買出しなど各自が自由行動

5/20

  1. 5:30ごろ起床>朝食>ボランティアセンターヘ移動
  2. 7:40 ボランティアセンター着〉待機
  3. 8:00 日赤茨城支部よりHさんが着任する。
  4. 9:00 一般ポランティアがボランティアセンターに集合しミーティングと配置指示
  5. 10:00ごろより巡回場所の確認と地図の用意
    本日は巡回場所が午前中で14箇所あるため2チームに分けて行動巡回場所を5箇所ずつに
    分けて巡回する。
    Aチーム車両1台(3名) Bチームバイク2台(猪股さん、近藤)
  6. 10:00~12:00 Aチームが4箇所、Bチームは4箇所を巡回
  7. 12:00-13:00 休憩
  8. 13:00~13:30 午後に回る巡回場所の確認と地図の用意
    午後に回る場所は4箇所追加されて、合計19箇所
  9. 13:30~15:30 巡回Bチームは4箇所を巡回
  10. 16:00に一般ボランティアが全て帰還する17:30より全体ミーティングに参加し、本日の業務終了。
  11. 18:30より田柄公会堂でタ食・反省会(日赤ボランティアのCさん来訪)
  12. 19:00ごろ日赤新潟支部のSさんが来訪、Nさんを乗せて仙台へ帰還
  13. 20:00以降各自就寝

5/23

  1. 4:30 気仙沼ボラセン駐車場に到着。二時間仮眠
  2. 8:00 救護所テントに集合、全体ミーティング参加10分くらい 地元ボラは、Iさん
  3. 9:00 救護所前に片付けボランティア集合それぞれ、派遣先決定20ヶ所
  4. 9:30 ピンクハウスにて派遣先割り当てを確認。巡回先を2グループに分ける。
    Aチーム新潟ボラ2名、鈴木さん、(車で巡回)10ヶ所
    Bチーム新潟ボラ2名、Oさん or Iさん、久保(バイク)10か所
  5. 11:30 午前巡回終了
  6. 12:00 救護所に帰着。お昼休憩
  7. 13:00 午前中巡回出来なかった所を午後、午前中と同じグループで巡回
  8. 14:30~14:40 気仙沼ボラセンにA・B両グループそれぞれ到着
  9. 16:00 最終の片づけボランティアが帰って来る
  10. 16:30 救護所を閉める 各自自由行動

5/25

  1. 6:30 起床、朝食をすませ、7:30公民館出発
  2. 8:00 救護所テントに集合、全体ミーティング参加10分くらい
  3. 地元ボラは、Iさん 9:00 救護所前に片付けボランティア集合
  4. それぞれ、派遣先決定25ヶ所 9:30ピンクハウスにて派遣先割り当てを確認
  5. 本日の片づけボラさん 総勢150名 巡回先を2グループに分ける
    AチームWさん、鈴木さん、(車で巡回)9ヶ所
    BチームHさん、石川さん、久保12ヶ所
  6. 11:50 午前巡回終了12:15~13時、救護所に帰着。お昼休憩
  7. 13:00 午前中巡回出来なかった所を午後…Iさん、鈴木さん、
    Iさん、Hさん、久保(バイク)の3人で巡回
  8. 15:40 気仙沼ボラセンに帰着
  9. 16:00 最終の片づけボランティアが帰って来る
  10. 17:00頃 救護所を閉める 各自自由行動

5/27

  1. 6:00 起床、朝食をすませ、7:30~50 公民館出発
  2. 8:00~10:00 救護所テントに集合、全体ミーティング参加10分くらい
  3. 地元ボラは、Iさん 9:00 救護所前に片付けボランティア集合
  4. それぞれ、派遣先決定全部で16ヶ所
  5. 9:30 ピンクハウスにて派遣先割り当てを確認
  6. 本日の片づけボラさん 総勢130名 巡回先を1グループで巡回
    Iさん、Hさん、Oさん、久保(車とバイクで巡回)
    鈴木さんは、救護所でお留守番
  7. 12:15~13:00 救護所に帰着。お昼休憩
  8. 13:00 午前中巡回出来なかった所を午後…Iさん、Oさん、Hさん、
    久保の4人で巡回)さんにあっては、午後1ヶ所を巡回したあと、帰隊
    残った3人で午前、巡回出来なかった所を巡回、一番遠方の最知北最地に 時間切れで巡回出来ず。
  9. 15:40 気仙沼ボラセンに帰着
  10. 16:40 最終の片づけボランティアが帰って来る
  11. 17:00頃 救護所を閉める 各自自由行動

4.隊員レポート

藤田郡司

震災より2ヵ月後、日本赤十字社山梨支部より要請があり宮城県気仙沼市に「バイク隊」先発隊の一員としてバディーでもある鈴木東(スズキアズマ)氏と共に活動をしてきました。
現地は2ヵ月後ともあり少しは「街」としての機能が復旧し始めた頃なのですが、地形的最深部はまだまだ津波の恐ろしさを残す風景で「人」として写真を撮り伝える心境にも成れず、一同途方に暮れる状態でした。
本来は震災初期活動を目的に結成された「バイク隊」ですが、日々ボランティアセンターからの要望に答える為に、時にはバイクから車に乗り換えしながら被災者及び一般ボランティアの怪我人の搬送や救済及びケアにバリヤブルに活動できた事を、日本赤十字社山梨県支部と二輪車安全普及協会が中心で発足した特殊奉仕団「救援バイクV・Sやまなし」を通し活動ができた事を誇りに思います。


鈴木東

俺は、5月14~16日の3日間気仙沼へ行きました。
救援バイクV・S山梨に入り、訓練を重ねてきて初めての実務でした。
山梨からの先発隊でもあり、何をどうしたら良いのか手探り状態でしたが、阪神でボランティア経験がある藤田さんとのペアだったので、彼に従い活動しました。
現地の土地勘がない俺達は、まず地図を用意し、独自の幹線道路を考えました。迷子になったらその道に戻るルールを決め、バイクを走らせました。
この2ヶ月間幾度となくテレビで見ていたはずの光景でしたが、五感で感じる現実とのギャップは大きなものでした。
俺達が寝泊まりした公民館周辺は何も無かったかのような佇まいでしたが、海に近付くぼどにその形相を変えていきました。
地図に載っている細かな道はあちこちガレキに埋め尽くされ、進んでは行き止まりの繰り返し。ひどい所では、カメラを向ける事が躊躇われました。
今回は被災所の二一ズ調査でしたが、土木業の俺は、時間が余るとガレキの撒去など手を貸したい気分に駆られました。
そんな悲惨な状態の中にあって、公民館近くの一般家庭で、俺達ボランティアのために毎晩お風呂を提供して下さった方がいました。
助け合いの精神が伝わる有難いご好意でした。
3日という時間はあっという間でした。
まだ俺達は入りロに立っただけ。
お役に立てたのかどうか。。。これからではないのかと後ろ髪引かれる思いもありました。
その思いを交代で来る仲間に託し、先発隊として役立つ情報を手渡そうとリーダーの西谷さん・標さんに報告しました。
家に帰り、妻から「早く休んで」と言われましたが、まるで興奮状態の俺はなかなか寝付かれず、いつまでも現地の話を続けていました。
俺は家に帰れば休むことが出来る。
彼らにはいつその時が来るのか。。。
二度とあって欲しくない災害ですが、ボランティアとして学ぱされたことが沢山有った3日間でした。


猪股敏夫

5月17日から22日まで6日間お手伝い致しました。
被災された方々の絶望感や再興への必死の努力、毎日冠水する被災地の異臭等、写真や動画では伝わってこない多くの事柄に戸惑いながらの活動でした。
活動している姿を見るだけでも安心し出来るんだよと言う被災者の方のお話で、赤十字のマークの偉大さと着用することの責任の大きさを再認識した次第です。
活動中、家が2メートル近く浸水なさった所のご主人にこっちへ来て見て下さい、水没して、諦めていた白藤の花が満開です)と見せて頂いた花の美しさ、鉄橋に掲げられた大漁旗に再興への希望と思いが感じられました。


鈴木清

5月23日8時より現地活動を開始しました。
今回の派遣活動は、現地での一般ボランティアの健康管理(心の管理)と被災者の健康管理(心の管理)が28日までの6日間の任務でした。
一般ボランティアが熱中症にならないように、作業注意を行ったり、また怪我が起きてしまった時の、処置備品(流水用のペットボトル・カットバン等)を配布した。
4輪車及び2輪車を用い、市内の個人宅を巡回し、病気怪我の予防活動を行い、赤十字の基本原則の、いのちと健康を守るために、活動できた事に感謝しています。


近藤和宏

救援バイクV・Sやまなしの隊員として被災地を訪れて、自然の力の恐ろしさを改めて思い知りました。
その被災地に赴くにあたり移動だけではなく逗留し活動するあらゆる場面で「日赤だから」と様々な方から力を貸していただき、日赤の大きさを感じました。
私は原付スクーターでの活動でした。渋滞が多く複雑な被災地の道路事情の中では軽快な二輪車は有効な移動手段だと思います。


久保富美和

日本赤十宇救援バイクVSやまなしとして被災地・宮城県気仙沼に2011.05.23~28まで行ってきました。

東日本大震災への災害派遣は、これで3度目となります。3.11の発災から、2か月が経過していましたが、今ようやく片付け作業が始まったという所でほとんど手つかずのままでした。
地震と大津波によって破壊された街や海岸線の風景に唖然とするばかり…自然の力の凄さに驚樗しました。
そんな状況の中、地元の方々も少しずつですが現実を受け止め前へと進む姿に胸をうたれました。
「がんぱるしかないっ」そう思います。また近いうちに現地に行きたいと思います。

坂本栄樹

この度の震災にて、大勢の尊い命が奪われてしまった事に、深くお悔やみ申し上げます。
3日間という短い期間でしたが、活動に微力ながら参加できて、よかったです。
復興に尽力なさっている地元の方、ボランテイアスタッフ、警察、自衛隊等本当に頭が下がる思いです。
今回の活動で、災害はこういうものなんだと、肌で感じる事ができました。
このような活動の機会を与えて下さいました関係各位に、深く感謝申し上げます。

岡田浩

今回の災害の被害の甚大さに胸が痛いです。2日間しか活動出来ませんでしたが、バイクの機動性を生かした支援活動の有効性が分かりました。ただ、山梨からだと遠い…と思いました。自然災害と共生していかなければならない日本には、全国各地に有効なバイク隊の普及をして頂きたいです。